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二人だけ


音もなく、新大陸発見部の戸が開いた。

「…あら、まだ英くんだけなの?」
「美香子か…」

現れたのは、いつもと変わらない幼なじみだった。

「智樹達は、放課後課外があるらしい」
「あらそうなの~…。桜井君今日は来ないかもねぇ…」

英四郎の隣のパイプ椅子にカバンを起きながら、美香子はそう言った。

「英くん、今日は何時までいるの?」
「智樹たちも来ないだろうし、今やっているレポートが終わり次第…だな」
「そう…じゃあ私もそれくらいに帰るわ~…」

美香子はパイプ椅子から手を離し、部室の本棚に目をやった。
どれも読み慣れた、親しみある本だが、たまには読み直してみるのも面白い。
そう思った美香子が適当に本を漁っていると、少し遠慮がちな音を立てて、部室の戸が開かれた。

「あら~イカロスちゃんじゃない」
「こんにちは…」

戸を開いたのは、すっかり空美町に馴染んだ未確認生物第一号だった。
いつもなら智樹なしに部室へ訪れないため、彼女しか廊下にいないのは珍しい。

「そうか…やはり、お前は課外とは無縁のようだな」
「はい…。マスターが今日はかがいがあるので、部活には来られない、と…」

だろうな、と英四郎は短く答えた。

「守形、先輩と会長は…」
「適当な時間になれば帰る、と伝えてくれ」
「分かりました」

イカロスは小さく頷いてから、英四郎にゆっくりと一礼した。そして美香子に向き直り、また改めて頭を垂らし、静かに

「失礼しました」

と言って帰って言った。

「…イカロスちゃん、やっとひとりで出歩けるようになったのね~」

閉ざされた戸を暫く見つめてから、美香子は少しだけ嬉しそうな声音で言った。

「少し前まで、桜井君がついていなきゃなにも出来ない子だったのに…」

エンジェロイドも成長するものなのね、と笑う。

「出会ったばかりの頃と比べれば、著しい変化だな」

英四郎も心なしか嬉しそうな顔をしているのを見て、美香子はまた笑った。

「はいるわよ」

凛とした声と共に、ガラリと戸が開く。

「ニンフ…。今回は課外に参加しないのか」
「それよ!それ!それを言いにきたの!」

ピシャリと勢いよく戸を閉めると、ニンフは部室の冷蔵庫を漁りだした。

「トモキもそはらも…、みぃーんな“カガイ”に出てるから、私だけやることなくなっちゃったの!」

私も参加したいのに、と愚痴をこぼしながら、シミせんべいを食べ続けるニンフを見て、美香子は少し鋭い目つきで

「なるほど~。見月さん、今は桜井くんと2人きりなのね~」

と言った。
2人っきり、の部分だけ妙に大きな声で。
ニンフの髪の毛が、少しだけ揺れた。
美香子は更に続ける。

「二人ともお年頃だものね~。会長、間違いが起こらないか心配だわ~」

眉がキリリとあがる。それと同じくして、ニンフの瞳が音をたてて展開されていった。

「ごめん…ミカコ…。私、ちょっと用事思い出しちゃった」
「あら~それは残念ね~」

美香子がそう言い終わるか終わらないかのうちに、ニンフはドタンと大きな音を立てて出て行ってしまった。
英四郎が呆れたとでも言うように、ため息を吐く。

「相変わらずだな…お前は」
「だって、ニンフちゃんだけ仲間外れだなんて可哀想じゃな~い」
「もっと違う方法は思いつかなかったのか」
「ええ、全然思いつかなかったの~」
「…………」

英四郎が本日二回目になるため息をつこうとしたとき、一際大きな音をたてて戸が開いた。

「ししょー!!ポーカーしましょうよ!ポーカー!」

大声でそう叫びながら入ってきたのは、バカの代名詞こと、アストレアだった。

「ほう…アストレアにポーカーか…」

英四郎が興味深そうに美香子に視線を送った。

「本当に大変だったのよ~。アストレアちゃん、アルファベットが読めなかったから~」
「でっでも!今は完璧ですから!全然強いですから!!」

自信満々の顔でそういい切るアストレアを見ながら、英四郎は至極冷静に美香子に訪ねた。

「勝率は?」
「そうねえ…。28勝0敗…ってとこかしら~」

もちろん、美香子が、という主語のもとである。

「今日こそ負けませんからね!ししょー!!いざ勝負です!はやく行きましょうよー」
「そうね~…。守形くん、レポートは?」
「たったいま終わった」
「そう、なら守形くんも一緒に家にいらっしゃいな~」

帰り支度を整えながら、美香子は英四郎の顔を覗き込んだ。
後ろからは、アストレアの催促が聴こえる。
英四郎は少し悩んだ後、

「まあ、偶にはそういう日があってもいいか」

と、少し嬉しそうに眼鏡のブリッジを押し上げた。

「決まりね~。アストレアちゃん、帰りましょ~」
「はい!!」

只管にポーカーを連呼しながら駆けるアストレアを見ながら、美香子は普段より柔和な笑顔を讃えていた。

「さて、いくか」

音もなく閉ざされた新大陸発見部の戸に、英四郎が施術される音が部室に響き、夕日に溶けていった。


*****


タイトルの意味とか通じずらいですけれど、永くんと美香子さんの仲良し度はハンパじゃない。
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