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Hallo,halcyon days

「…暇ねえ~」

日暮れの守形家前で、美香子は大きなため息を吐いた。

「そう改めていう事でもないだろう。寧ろ俺は、ここ最近イカロス達のお陰で忙しいくらいだしな」

河原には似つかない、綺麗に調度されたティーカップを口に運びながら、英四郎は言った。

最早風景といってもいい程定着した、美香子用の日光除けパラソルの下。
美香子と英四郎の二人はティータイム中である。

「あらそうかしら?…まあ、何かあってもあんまり声がかからない会長に比べたら、英くんなんて忙し過ぎて仕方ないんでしょうけど~」
「そう言うな。智樹がいちいち作り出すだけであって、俺に非はない」

白々しい物言いをしながら、英四郎は自分のカップに紅茶を注ぐ。

「美香子」

そう言ってティーポットを差し出すが、美香子は首を振って

「いいわ。私今、アールグレイって気分じゃないのよ~」

と言った。
お前が持ってきたんだろう、と英四郎はすっかり冷めているであろう、美香子のカップを見つめる。

「確かにそうだけど、別に私が用意した訳じゃないもの。厨房にいた適当なのに任せたの」

そう言いながら、美香子はゆっくりと椅子から立ち上がった。
テント、コンロ、テーブル。順に見回してみる。
どれも英四郎が家を出た際に、美香子が手配したものだ。
これらのお陰で-守形家の内装とは比べるまでもないが-英四郎が生活する河原は、周りが言うほど不便ではない。
魚は釣れるし、学校では小さいながらも野菜を栽培しているから、飢えることも滅多にない。

だからという訳ではないが美香子はよく、ここへ足を運び、たまにだが、一泊二泊していく時もある。
そしてその時はいつも、英四郎と二人きりだった。
普段の調子で会話をすれば、日頃溜まっていた家庭内のストレスが、少しだけ軽くなる気がして。
たまにする昔の話、これからの話は、二人だけの世界だった。

「………、…」

美香子は四脚テーブルに目をやる。
前は二人分しか使われていなかったのに、今は埋まるどころか椅子が3つ増えて脇に並べられている。智樹たちの分だ。

「英くん」
「…なんだ」

幼馴染みに視線を戻すと、顔もあげずに、専門書の活字を追っていた。

「会長、賑やかなお祭り騒ぎって嫌いじゃないのよ」
「ああ、知ってる。それがどうした」

英四郎はまだ、顔をあげない。
美香子はそんな彼を盗み見て、すぐに視線を足下へ落とす。

「けどね、私的空間まで荒らされるのはどうにも嫌みたい」
「……どういう、意味だ?」

漸く英四郎が顔をあげたのと、美香子が靴を脱ぎ捨て、河原に足を浸したのは、ほぼ同時だった。

「……?美香子?」
「英くん、覚えてなあい?小さい頃はよくここで水浴びしたでしょう?」

会長思い出しちゃった、と小さく呟き、美香子は足を振った。ゴツゴツした岩の感覚が、足を振る度聴こえる水音が。彼女の脳から記憶を引き出す。
幼い頃、英四郎と二人で来たこの河原。
あの頃はよく水浴びをしたが、英四郎がここに住みだしてからは、初めてかもしれない。
そう考え、美香子は小さく笑った。

「やぁね、大人になるって」

英四郎はなにも言わない。
美香子は空を仰ぎ続けた。

「会長最近、妙に感傷的になっちゃって」
「…そうだな。お前らしくもない」

英四郎はそう言うと、読み耽っていた専門書を閉じ、席を立った。

「…何か、あったのか」

特に話題を近づけるわけでもなく、実に単刀直入に切り込みを入れる英四郎に、美香子は小さく微笑む。
学力は県内一を誇り、人の扱いにだって慣れている彼が。
どうしてこんなにも不器用に、自分を支えようとするのだろうか、と。
だからこそ美香子は、全てを押し殺して微笑むのだ。
察しのいい英四郎に、自分がバレて仕舞わぬように、美香子はさり気なく、彼に背を向けた。

「どうしたの?英くん。会長はいつも元気いっぱいだから、別に心配しなくても大丈夫よ~」
「…強がるな」

少しだけ語尾を強めた英四郎の言葉に、美香子は振り返る。

「……俺に対して、強がるな」

英四郎と美香子の視線が真っ直ぐに交わった。英四郎先に、美香子が反らす。

「やぁね英くん…会長別に強がったりしてないわよ?」
「…………」

英四郎が眼鏡のブリッジを押し上げる。
もう、太陽は殆ど沈みきっていた。
二人とも目も合わせず、そして何も言わなかった。

「私、もう帰るわね~…。英くん、何だか忙しいみたいだし」

河から上がり、手持ちのタオルで濡れた足を拭く。
その間も、二人は無言のまま。

「ティーセットは…面倒だから英くんが預かっていてくれると嬉しいわね~」
「………美香子…」
「そうそう、残ってる茶葉も好きに使ってくれていいから~」
「美香子…」

英四郎は、帰り支度を整えた美香子の腕を掴み引き寄せた。

「なぁに?英くん」
「……そんな顔のまま帰られては困る」

美香子は俯いたまま、小さなため息を吐く。

「英くん…。女の子が、こういうときどうするのが正しいか知らないの?」
「どういう意味だ」
「だから」

美香子が英四郎の肩に頭を垂れた。

「………」
「…………」
「英くん」
「なんだ」

いつまで経ってもなにも言わない英四郎に、美香子が何度目かため息。

「乙女心を察してあげるのも、恋人の勤めよ~?」
「…乙女心と、言われてもな」

俺には難しい、そう言って英四郎は自傷的な眼で美香子を見つめた。
美香子は上目遣いで視線を合わせながら、今度は心の中でだけため息をついた。

自分の知る幼馴染みは、やはり不器用なのだと。
美香子が顔をあげようとした途端、英四郎の手が、それを防いだ。

「英く…」
「…俺には、難しい」

そういって頭を撫でる手は、不器用な幼馴染みにしては実に優しく温かなそれだった。

「…そうねえ…。英くん、昔からそういう事は鈍かったものねえ…、ふふ…」

言葉とは裏腹に嬉しそうな笑い声を含んだ声。
英四郎が怪訝そうに眉をひそめた。

「でもね…」

“そういう所も、全部すきだから”

触れあっている英四郎でさえも聴き逃がしてしまいそうな小さな声で、美香子はそう言った。

「あぁ…」

英四郎も僅かに表情を和ませ、美香子の肩をだく。

「英くん」
「…なんだ」
「ずっと、私の傍にいてね」

英四郎の肩に顔を埋めながら、彼女らしからぬ儚い声で。
美香子の手元にほんのわずかに力が入ったのを、英四郎は見逃さなかった。

「……あぁ。約束する」

力強くそう答えれば、いつもより感傷的な幼なじみもまた笑ってくれる。

ふと見上げた空には、出会ってからなにも変わらないままの星が煌めいていた。

*****

なっがい。
英くんお誕生日記念に大遅刻した罪悪感と、無理矢理終わらせた感。

そしてサイトにのせるのを忘れていたという絶望感!!←

キャー英クンカッコイー って、思ってもらえたらいいな、と思って書きました。
英くんかっこいいよ!

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